才能なんて勝手にしやがれ

ブログを覗いてくださり、誠にありがとうございます。

今日は、Instagramにて10月17日のてんびん座の新月に向けて投稿したものを、再編集しながら書き足していきます。

今回、この新月が(太陽てんびん座&月おとめ座のわたしにも)、どのように影響しているのかはあまり理解していません。ただ、「本音」というキーワードだけが耳に残っています。だとしたら、ここ最近感じていた自分に対する違和感にスポットを当ててみようと思いました。

このなんとも言えない気持ち悪さの落しどころは、書いていくうちに視えてくるのだと思いますし、現段階では着地点がわかりません。(あ、いつもですが^^;)

なので、基本は自分のために書くブログになりそうです。それでも、少しでも読みやすくなるように工夫はしてみます。完全に期待値は低いですが…

よかったら読めるところまでおつきあいください。

上の画像は芸術家の岡本太郎が書いた『自分の中に毒を持て』[青春出版社]を読み直してみて、いまの自分にいちばん響いたことばを編集したものです。本当はひとつにまとめられなくて。それぐらい愛読書になっています。いわゆる自省録みたいなもので、できるのとも違います。真似もできません。だから、読むたびにガツンガツンとくるわけです。とても読み進めにくい部分も多いです。

それでも購入した2年前よりは深く共鳴する箇所が多くなり、彼の愛を感じては涙したりと、感情があちこちに先走っては忙しくなります。

モノマネするだけの人間になりたくない

タロットリーダーとして生きていけるかを試そうとしていた5年前、わたしは3度目の地獄の中にいました。いま思うと、かなり大げさな表現ですが、その時はそうとしか言いようがありませんでした。

なにがあったのかというと、ひと言で言えば離婚の危機の中にいました。

過去に結婚という制度を取り入れていました。13年間連れ沿いましたが、最後の1年半はほとんど別居に近い状態を繰り返しました。  

もともと、わたしは社会的マイノリティなところがあります。いまでいう強めのHSP気質だったり、標準(?!)より未発達なところが微妙にあったりして、そのあたりの概念を知るまでかなりキツかったです。家族にもすごく迷惑をかけました。結婚生活の中でも、世の中全般が提示する「契約ごと」や「あたりまえ」「普通」に限界を感じていました。

できないことをできるように極度まで装わないと駄目だと思い込んでいたのでしょう。息をひそめるように皆が思うであろう「普通」を演じれば演じるほど自分の軸はどこにあるのかわからなくなり、苦しさは増しました。もちろん、いまもそのクセは残像として消えていませんが、そこは「どっちでもいい」に発想を転換できるようになりました。

いまや考え方も多様化が進み、離婚することや、そもそも結婚しないことも受け入れやすい社会になったとは思います。しかし、多くの人にとって、それらはエネルギーを消耗するほど大きな課題だったりします。わたしの場合は過去のトラウマも絡まって、とてつもなく大きな壁として現れ続けました。

しかしそれ以上に、

その“あたりまえ”の壁を崩すしかなかった時、生きてきた中でいちばん希望を見出そうと、エネルギーを燃やしていたと思います。

自分を取り戻す旅のはじまり

2015年11月撮影(あしたのmitoの名前のきっかけはここから)

その頃、2つの渋谷駅を結ぶ連絡通路で「Myth of Tomorrow-明日の神話-」という、彼が描いた壁画と出合いました。

その巨大で不気味すぎる絵が視界に入った途端、否応なく足がピタリと止まりました。その時の衝撃は、ことばで表現しがたい類のものでした。

その日以来、いや、ほんとうは生まれた時から、わたしに大きな影響を与え続けてくれていたタロゥ(岡本太郎)さん。改めて感謝の想いをInstagramで投稿しようと決めたのは一昨日のことでした。

先程もお伝えしたように『自分の中に毒を持て』を読み返しているうちに、彼の壁画についてNETで調べてみたくなったのです。

ここからは、びっくりするぐらい自分史とこじつけますが、年表風に重なる部分を書き出してみます。

・1967年 来日したメキシコの実業家から建築中のホテルの壁画制作を依頼される。【わたし生まれる2年前】

・1968年 メキシコに渡り制作をはじめ、以後大阪万博テーマ館の仕事をぬって制作を続ける【わたし生まれる準備】

・1969年 ほぼ完成した壁画をロビーに仮設置するがホテルの経営が悪化して、放置され、各地転々とするうちに行方がわからなくなる【わたし生まれる】

・2003年 メキシコシティ郊外の資材置き場にひっそりと保管されていた壁画を岡本敏子が確認し、その頃から再生プロジェクトがはじまる【わたし何も知らず結婚】

・2015年【わたし壁画と出合う】

※ほぼ日刊サイト(明日の神話 再生プロジェクト オフィシャルサイト参照)

万博も生まれた翌年に開催されました。ここからは、もっとこじつけます。

その壁画をみた同じ月に、呼び名のmitoがイタリアでは神話を意味すると知ります。また、最古のタロットといわれるものが見つかったのがイタリアという説を知り、ますますおめでたい思考になりました。しかも読み方はミトではなくミートだと知ったのも最近だし、明日の神話においては明日の読み方は「あした」ではなく「あす」(?)だと、さっき知りました。(どうでもいい話ですね^^;)

ちなみに、彼の作風はお世辞にもわたしの好みとは言えません。小さい頃から観ていた万博公園にある太陽の塔も怖くてしかたありませんでした。

しかし、タロットの世界を垣間見るようになってからは、彼の嘘のない強烈な感情に惹かれるようになったのです。ことばや作品から溢れ出すエネルギーに目を奪われ、つぎの瞬間には逃げたくなります。

道は一本か、十本か

とにかく、あの時もいまも「恐れていても、自信なんかなくてもいいから、とにかく無垢な自分で、未知なる道を進みなさい」と勇気を与え続けてくれています。

✒✒✒✒✒✒✒✒✒

ほんとうの自分を生きようとしたら世の中からつまみ出される。

それでもほんとうの自分で生きないと、結局はその先がドンづまりになる。

それでも常識人間で生きるのか…

才能なんて
あってもなくても、
どっちでもいい。

もっと自由に
もっと自分を
表現していく。

その覚悟はできていますか?

✒✒✒✒✒✒✒✒✒

最後まで読んでくださった方、ほんとうにありがとうございます。無名な人間の文章を読むのはなかなか大変でしたね。お疲れさまです。ひとまず着地点はこんな感じになりました。

太文字のみ、タロゥさんのことばにするつもりが、わたしの表現とごちゃまぜになってしまい、世間的には怒られるやつですが、まぁそこも大丈夫でしょう。

あと編集グセがあるため、誤字脱字や表現に違和感を見つけた場合は速やかに追記や修正をします。(月おとめ座の細かいところはこれからも特性として活かしていこうと思えました)

もっと多くの人が、それぞれのカゴの中へと自由に行き交う鳥(風)のようになれますように…

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